桑田真澄講演会傍聴 リポート
昨夜22年11月24日元プロ野球選手の桑田真澄さんの講演を津山市文化センターで聴いて来ました。
(※添付できる写真がありません)
その道を極めた方の哲学には、説得力があります。
講演でのキーワードは
【表と裏の両立】
学生の本分はスポーツではなく勉強。 身体を動かす方が楽しいからといって『学問』をおろそかにしてはいけない。グランドでしがみつけるなら机にもしがみつけ。
『仕事』にはビジョン・理念が必要だがお金がないとできない。など・・・
それを桑田真澄さんは自己の挫折から学んだと表現されていました。
桑田さんは4月1日生まれ。
小学生・中学生の学生の頃、どうにも埋められない能力・体力の差を痛感したそうです。 しかし、小学校3年生で始めた野球では監督に才能を認められ、6年生に混ざりAチームに入ることができました。学問に楽しさを見いだせず満足が得られなかった挫折感を野球で認められて、どんどん野球にのめり込んだそうです。毎日グランド整備から道具の後片づけまで3年生の桑田さんが一人することになるのは当然でしたが、楽しい野球のためなら苦労とは感じなかったそうです。しかし、当時のスポーツ特有の封建社会で、6年生にいじめられ楽しかった野球を辞めることになりました。 ただこの小学生の野球をしていた期間にコツコツと努力する姿勢が身に付き、野球に成果として現れていたそうです。 中学生になりもう一度野球クラブチームに入部。その頃にはコツコツと努力することが楽しくなっていたそうです。 そんな中『努力』をすることを手段として捉えるようになり、どう楽しく努力をするのがいいかと考えが変わっていったそうです。それを学校の勉強にも活かすようになり、授業でわからないことがあれば、男女問わず友達にドンドンと尋ねることで今度は勉強が分かる楽しさを感じたそうです。 「へぇ~そうなんやぁ」「それわかりやすいわぁ~」「教えるのうまいなぁ」と、言うと友達もいろんな事を教えてくれたそうです。 野球の方でも力を付け中学2年生の夏には名門P.L.学園の内定が決まっていたそうです。 そして、高校で清原和弘と出会い、野球では自分には敵無しと思っていたところ、清原とのチカラの差を感じてしまいました。
桑田さん自身、鳴り物いりで入学したつもりのP.L.学園では、自分の実力がまったく歯が立たないレベルの高さ。何も出来ない日々が過ぎていきました。投手としての力も全国レベルでは通用しない。そんな現実と寮生活の辛さから、転校を母親に懇願したそうです。 しかし、母の「自分の出来ることをしなさい」との一言で気分が楽になり自分ができることを探してやり始めました。それが【裏の努力】。P.L.学園の寮生活で野球に関係ないことを5分間だけしたそうです。朝6時半起床のところ、自分一人朝6時に起き、誰にもわからないように便所掃除や部員の靴並べ、草取りなど毎日5分間必ず続けたそうです。ただこうした行動をしたからといって、当然技術・体力が上がるわけではありません。1ヶ月、1ヶ月半経っても全く結果がでません。しかし、その行動を始めて2ケ月経った練習試合でのこと。先発投手に命じられ、いつもの練習試合のように相手バッターに良い当たりを打たれ続けますが、試合が終わってみると1点も取られてない完封勝利。 このゲームを振り返ると良い当たりでも野手の正面だったり、外野がファインプレーをしてくれたり。という、内容だったそうです。
結果の残し方には2通りある。
実力があれば練習などしなくてもよい。
実力がない者は表の努力(ランニングや腹筋など)+運と縁と憑きを貯金しておかなければいけない。この貯金というのが裏の努力。
実力があるものと競争しても勝てないことを清原くんと出会うことで教えてもらった。
また、夢はあきらめないこと。夢を追いかけていると必ず挫折する時がある。それでも、自分のやり方で努力し、夢を追い続ける。その夢を追いかけているときには、周りの人たちに笑われようがバカにされようが、自分の夢を口にだして言い続ける。そうすると、周りの人達も自分の夢を応援してくれるようになる。
(以後 省略)
挨拶の大切さ
人を思いやる気遣い
など、日々の生活でできることを、3秒余分にかけることで自分の未来も拓けるイメージが湧きました。
自分本位の考えではダメですよね ( ̄_ ̄ i)